東京地方裁判所 平成2年(ワ)8735号 判決 1992年9月18日
原告
甲田太郎
被告
エス・バイ・エル株式会社
右代表者代表取締役
中島昭午
右訴訟代理人弁護士
大倉定一
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
一 請求
1 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は原告に対し金八万二二〇〇円を支払え。
3 被告は原告に対し、平成二年八月から判決確定まで毎月二五日限り月額金四五万円の割合による金員を支払え。
4 被告は原告に対し、金一〇〇〇万円を支払え。
5 被告は原告に対し、金一〇〇〇万円を支払え。
二 原告の主張
1 被告は住宅を中心とした建築施工と分譲などを営む株式会社であり、原告は平成元年三月三一日に被告との間で雇用契約を締結し、被告において総合職、営業社員として勤務していた者である(当事者間に争いがない。)。
2 被告は、原告が平成二年六月二三日に被告の管理本部付次長である前野和彦(以下「前野次長」という。)に対し暴行を働いたとの理由により、原告に対し平成二年七月二日、同日付けで懲戒解雇処分(以下「本件処分」という。)をした(当事者間に争いがない。)
3 しかしながら、被告は原告に対し十分な弁解の機会を与えないまま、前提となる事実関係を誤認し、かつ、動機等の情状面や原告以外の者との処分の均衡を考慮せずに本件処分をしたものであるから、本件処分は懲戒権の濫用に該当し無効である。よって、請求1記載のとおり雇用契約上の地位の確認を求める。
4 被告における給与は一五日締めの二五日払いであった(当事者間に争いがない)ところ、原告は被告に対する平成二年七月三日から同一五日までの分の未払賃金として同年七月二五日限り金八万二二〇〇円を請求する権利を有している。よって、請求2記載のとおりの金員の支払を求める。
5 原告が被告から支払を受けるべき賃金額は一か月四五万円を下回らないから、請求3記載のとおりの賃金の支払を求める。
6 3で述べたところによれば、被告の本件処分そのものが原告に対する不法行為に該当する。更に、被告は、本件処分が無効であるにもかかわらず、被告の従業員らに虚偽の陳述書を作成させてこれを裁判所に提出し、同人らに虚偽の証言をさせる等して本件裁判を不当に引き延ばし、原告の被告に対する雇用契約関係未確認の状態を長期間継続させるとともに、原告に対する賃金の支払を拒絶してきたのであって、被告の右行為も原告に対する不法行為に該当する。原告は右各不法行為により、身体的・精神的苦痛を被ったものであるから、これら損害に対する慰謝料として請求4記載のとおりの金員の支払を求める。
7 被告は、本件処分をするに先立ち、平成二年六月二九日に原告の父親の勤め先を訪問し、同人に対して「原告を解雇したい」旨の話をしたが、これは原告に対する不法行為であって、原告は被告の右行為により精神的損害を被ったので、これに対する慰謝料として請求5記載のとおりの金員の支払を求める。
三 被告の主張
1 本件処分の適法性について
(1) 懲戒事由
平成二年六月二三日、TQC推進本部生産部会に所属する松川部長が東京支店長である高倉および原告の所属する自由が丘営業所の課長である高橋賢一郎を介して、原告に対し被告総務部女子社員である勝木ももよ(以下「勝木」という。)につきまとわないよう注意をした。原告はこれに立腹し、同日午後四時ころ、前記松川部長および高橋課長に抗議をするべく職場を離脱して新宿センタービル内の被告TQC推進本部に出向いた。原告は、同ビルにおいて、まず総務部受付にいた勝木に話しかけたところ、前野次長から「何か用か。」と問いただされたが、「お前はまた後で」と答えたのみで、そのままTQC推進本部に向かった。
当時たまたま松川部長は不在であったが、原告は大声で「松川はいるか。どこへ行った。松川を出せ。」などとどなり散らし、TQC推進本部に配置されていた女子職員である橋本こずえに対しても「松川に監視するよう言ったのか」と文句を言い、同本部所属の川崎俊夫課長が不安を感じて橋本を引き離すとますます興奮し、「松川が悪いんだ。松川はどこへ行ったか」等と言い、上司を呼び捨てにしないよう注意した川崎課長にもつかみかかり、高橋課長が中に割って入り引き離した。
その後、総務部に引き返し、前野次長に対して「さきほど何の用事かと聞いたが、何か用事があるのか。」と質問したので、同次長が「受付へ来たので何の用事かと聞いたのだ」と答える等のやりとりを二・三したところ、原告は突然興奮して机をたたき、いきなり「なめるのか。」と言って椅子に座っていた前野次長のネクタイをつかんで、これを力まかせに引っ張った。前野次長はネクタイを引っ張られて椅子から立ち上がらざるを得なくなった。付近に居合わせた古賀常信部長、高橋課長らの4人が中に割って入り、原告の両腕をつかんで引き離そうとしたが、ネクタイを強くつかんでいたので容易に引き離すことができず、やっと引き離した後も、更に原告は前野次長につかみかかろうとする態度をとった。原告の右暴行により前野次長のネクタイは強く締まってしまい、はずすのも困難であった。右暴行のなされた場所は顧客の出入りするショールームの続きの部屋で、当時二つの部屋の出入口が開いていたため、ショールームにいた子供がこの騒ぎに驚いて泣き出すなどの事態が生じた。
(2) 原告の右行為は、被告従業員懲戒規程一条第六号所定の「就業規則に定める従業員の遵守せねばならない事項に違反したとき」及び同一一号所定の「暴行をあえてしたとき」に該当する。なお、右就業規則に定める従業員の遵守せねばならない事項とは、本件に則していえば、上長に反抗したこと(四四条第一号)、勤務時間中みだりに高声を発したこと(同条第八号)、暴言をはき暴行に及んだこと(三一条第一号)、勤務態度不良にして内部の秩序を乱したこと(同条第四号)、喧嘩により職場秩序を乱したこと(四四条第三号)等である。
(3) 原告の右暴力行為は偶発的一過性のものではなく、救いようのない原告の性格の欠陥に起因するものである。原告は右暴力行為以前にも次のような言動があった。
<1> 原告が最初に配属された千葉支店勤務時代には当時の上司である渡邊士直支店長を敵対視し、ことごとく同支店長に反抗を続けていた。
<2> しばしば遅刻し、注意を受けても無視していた。
<3> 平成元年一一月六日千葉支店における朝礼に遅刻し、朝礼後渡邊支店長から注意を受けるや「お前にえらそうに言われる覚えはない。バカヤロー、えらそうにいうな。」とどなり返し、机をたたき、ゴミ箱を蹴飛ばして詰め寄った。また、同月一八日高田尚昭人事部長が渡邊支店長に謝罪するよう勧めたがこれを拒否した。
<4> 平成二年一月一八日の朝礼で増田和二常務が渡辺支店長以下千葉支店の業績をたたえたのに対し「成績をあげたのは支店長ではなく自分たちである。こんな無能な支店長をやめさせよ。」と詰め寄り、退場を命ぜられるや同支店長に馬鹿野郎などと散々罵声をあびせ、泥棒よばわりまでした。
更に、増田常務に対しても本部長の資格がないと毒づいた。
<5> 平成元年一二月一五日、被告女子社員である田子内幸子に対しても暴言をはき、つかみかかろうとして上司に制止された。
<6> 渡邊支店長と増田常務に理由なき反感をもち、両名を非難する文書を職場内に掲示し、取り外しを命ぜられてもこれを無視したり、渡邊支店長がわいせつ行為をしている旨言いふらし、撃退用と称して防犯ブザーを買って女子職員に渡し、そのブザーの代金を被告に請求した。
<7> 渡邊支店長や増田常務を呼び捨てにして粗野な行動をとり続けた。同支店長に対しては辞職するよう要求し続けた。
<8> 勤務時間中に東京支店総務部に出かけ、勝木に話しかけてすぐには立ち去らなかったり、同女に長電話をしたりしていた。
<9> 勝木が原告との交際を断っているのに「勝木が他の人と交際するはずがない。」などと言っていつまでも同女につきまとい、あるいは上司が同女との恋愛を妨害しているものと曲解し不平不満を抱いていた。
<10> 東京支店に転勤になってからも渡邊支店長を敵対視し続けた。
<11> 東京支店においてもよく遅刻し、言動についても注意を受けていたが、いずれも改まらなかった。
(4) 懲戒解雇手続について
本件処分に先立つ六月二五日、社長の命により高田人事部長が本件事件の被害者である前野次長及び目撃者古賀部長とTQC推進本部における言動の目撃者川崎課長から事実関係を聴取したのち高倉支店長及び高橋課長同席のもとに原告からも弁明を聞いた。
高田人事部長は、平成二年七月二日、原告に対し「あなたの行為は就業規則に違反しますので、懲戒規程により平成二年七月二日付をもって解雇します。」との文言の記載された文書を手渡してこれを読み上げ、懲戒解雇を通告した。その際、原告から「あなたの行為とは何か。どの規定に違反するのか。」との質問があったので、「前野次長に対する行為である。」と答えたほか持参していた就業規則四四条第一号、従業員懲戒規程一条第六号、第一一号を示してこれに該当する旨答えた。
(5) 被告は、(4)記載の調査により明らかとなった(1)記載の事実及び(3)記載の各事実に照らし、原告においてこれ以上改善の見込みがなく、職場秩序を維持するには原告を職場から排除するほかないと判断し、懲戒処分のうち、懲戒解雇処分を選択したものであって、これが懲戒権の濫用に該当しないことは明らかである。
2 高田人事部長が原告に対し解雇を発令する前である六月二九日に原告の父の勤務先を訪問し、原告を解雇する予定である旨を告げたことは事実であるが、原告の父はかつて被告に発注して住宅を建築させてくれた顧客であったし、原告が被告に就職するに際して是非採用してやってほしい旨口添えされたことがあったので、儀礼上予め解雇予定であることを知らせておくほうがよいと判断したのであって、これが違法な行為でないことは明らかである。
3 原告が本件解雇処分前三か月の間に被告から支払を受けていた賃金は、一か月あたり平均して一九万六三三三円である。
四 裁判所の判断
1 (証拠・人証略)の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 平成二年六月二三日当時、原告は被告東京支店の自由が丘営業所に勤務していた。当時の自由が丘営業所の課長は前記高橋課長である。
(2) 新宿センタービル四五階には、被告の事業本部東京支店、総務部、営業本部及びTQC推進本部の各部屋があるほか、総務部の部屋に隣接してショールーム及びその受付が設置されている。松川部長、川崎課長及び橋本こずえはTQC推進本部に配属されており、前野次長、古賀部長及び勝木ももよは総務部に配属されていた。
(3) 松川部長は平成二年五月末か同六月初めころ、原告が新宿センタービル内の前記受付に来ているのを目撃したことから、受付にいた勝木及び矢島みどりに事情を聞いたところ、原告が勝木に対し交際を執拗に申し込み、勝木がこれを断っているのに原告がこれを全く理解せず、勤務時間内に仕事外の用件で勝木に電話をしたり手紙を渡したりしていたことから、勝木が困惑していることを知った。そこで、松川部長は原告の直接の上司である高橋に対し、右事情を説明して原告を注意するよう依頼した。
(4) 右依頼を受けた高橋課長は、平成二年六月二三日午前九時過ぎころ、自由が丘営業所において、原告に対し、前記事情を説明して勝木に交際を求めるのをやめるよう注意した。原告は右問題はプライヴァシーに関するものであるから高橋課長や松川部長から指示される事項ではないと考えて高橋課長の右要請に対して回答を拒否するとともに、かねて、会社が原告と勝木の仲を妨害しようとしていると感じていたこともあって、何としても直接勝木の意思を確認し、また松川部長に抗議する必要があると感じ、午後三時ころ新宿センタービルに赴き、まず受付にいる勝木に対し、自分に対して注意をするよう松川部長らに頼んだのかどうかを質問した。総務部の部屋にいた前野次長は、原告が興奮した様子で受付の中に入って勝木と話をしていることに異常を感じ、原告に対し「何の用か。」と声をかけたところ、原告は「お前は後で。」と言って受付を立ち去り、直ちに東京支店の部屋に行って「高倉いるか。」と怒鳴ったが、同支店長が不在であったため、松川部長の所属するTQC推進本部に向かった。なお、そのとき、たまたま東京支店に在室していた高橋課長が「何を血相を変えているのか。呼び捨てにするなどとんでもないことだ。」と原告に注意するとともに、部屋を飛び出していった原告を追いかけた。
(5) 原告は、「松川いるか。」と怒鳴りながらTQC推進本部の部屋に入り、松川部長がいないとみるや、勝木の友人でもある橋本こずえに対し「あんたは、TQCの松川に私のことを監視するよう言いつけたのか。」と激しい口調で問いただしたので、危険を感じた川崎課長が原告に対し「おい、甲田、何を話しているんだ。」と声をかけたところ、原告はさらに興奮し、「あんたには関係ない。TQCの松川が悪いんだ。松川はどこに行ったんだ。」と大声で叫び、川崎課長が原告の右言動を注意すると、今度は川崎課長に詰め寄る気配を見せたが、高橋課長が中に割って入って原告を制止したので、原告は前野次長と話をするべくTQC推進本部の部屋を出て総務部の部屋に向かった。
(6) 原告は、総務部の自分のデスクについていた前野次長の前に立ち、同人に「私に『何の用か。』と聞いたが、私に何か用事があるのか。」と聞いた。前野次長が「あなたが受付に来たので、何の用事できたのか聞いたのだ。」と応じ、同様のやりとりを数回繰り返し、激昂した原告は前野次長の机を手でたたくなどしていたが、突然「なめるのか。」と言いつつ、前野次長のネクタイの結び目付近を片手でつかみ、前野次長の体が椅子から浮き上がるほど、上方向に力いっぱい引っ張った。そして、同室にいた古賀部長ら三名がようやく原告を前野次長から引き離したが、なお大声を出して前野次長につかみかかろうとした。
(7) 右当日、ショールームには子供連れを含む数組の客が打合せのため来店していたが、右騒ぎのため、子供が泣き出す等の事態が生じた。
2 被告就業規則(<証拠略>)四四条は、勤務中慎むべき行為として、上長に反抗すること(第一号)、勤務時間中みだりに高声を発すること(第八号)等を定めるとともに、同五八条は「従業員の懲戒は従業員懲戒規程によって行う。」旨規定しており、被告従業員懲戒規程(<証拠略>)は、右規定を受けて、一条第六号、同第一一号及び二条において、従業員が「就業規則の定める従業員の遵守せねばならない事項に違反したとき」「暴行をあえてしたとき」等は、当該従業員に対し懲戒解雇処分をすることができる旨規定している。
1記載の原告の行為は、上長である前野次長に対し、職場内において勤務時間中に暴行に及んだものであるほか、東京支店、TQC推進本部、総務部等において大声を発して職場秩序を混乱させたものであって、これが前記懲戒規程の各号に該当することは明らかである。
3 さらに、(証拠・人証略)の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告は平成元年五月初めから被告千葉支店営業一課に、同年七月からは松戸営業課にそれぞれ配属となったが、同年七月に千葉支店支店長として着任した渡邊士直が、同支店女子社員に対していわゆるセクシャルハラスメントをしているとして同支店長を嫌悪していた。
(2) 平成元年一一月六日、被告千葉支店における合同朝礼に原告が遅刻したため、同朝礼後、渡邊支店長が原告を支店長の部屋に呼んで遅刻した理由を質したところ、原告は「毎日遅くまで仕事をしているんだ。あんたのように机に座って遊んでいるわけではない。遅刻した理由をお前なんかに報告する必要はない。お前は支店長の資格はない。何をえらそうなことをいうか。お前にえらそうに注意されることはない。バカヤロー。」などと怒鳴り、同支店長が右言動を注意すると、激昂して机をたたいたり、ゴミ箱を蹴飛ばすなどして暴れ、更に同支店長に詰め寄る気配をみせたので、同席していた原告の直接の上司である松戸営業所の石井貞雄課長が原告を退室させてその場をおさめた。その後、松戸営業所の事務所において石井課長が原告と話をしたが、原告は「渡邊支店長は役職者として人格が不足しているので認められない。支店長にしていることが間違えている。あいつは支店長ではない。私はあいつの部下ではない。」などと言うばかりで、全く反省する様子はなかった。
(3) 原告は、船橋営業所の女子社員である田子内幸子が渡邊支店長の「セクシャルハラスメント」に迎合する態度をとっていると感じて、同女を嫌悪していたところ、平成元年一二月一五日ころ、原告や田子内を含む千葉支店の社員数名が喫茶店で雑談していた際に、田子内が、何気なく「また忘年会のときにカラオケとか芸とかみんなでやるのかな。」と言ったことから突然激昂し、田子内に対し「またお前か。お前が渡邊と企んで千葉支店を悪くしようとしているんだ。」などと怒鳴りつけ、困惑して帰ろうとする同女を喫茶店の出口まで追いかけ、つかみかかろうとした。
(4) 原告は、平成元年一二月ころ、渡邊支店長が「セクシャルハラスメント」をしている旨の張り紙を松戸営業内に無断で掲示したほか、同支店長撃退用と称してブザーを購入し、その代金を被告に請求した。
(5) 平成二年一月一八日の千葉支店合同朝礼において増田和二常務取締役が渡邊支店長を褒める発言をしたところ、右朝礼の直後、原告が同常務に対し、渡邊支店長を褒めたことは間違いであるとして詰め寄った。同席していた同支店長が退席を命じると、同支店長に対し「お前は黙っていろ。バカヤロー。」と怒鳴り、更に同常務に詰め寄る気配を示した。その後、同常務、同支店長、石井課長は原告と話し合う機会を設けたが、その席においても原告は同支店長に対し、「バカヤロー、会社をやめろ」などと罵声を浴びせ、また、同常務に対しては本部長の資格はない等の発言をした。
4 懲戒解雇手続について
(1) 被告の従業員懲戒規程によれば、懲戒を公正に行う目的で審議答申のため(懲戒権者である)社長の任命する懲戒委員会を設けることがあり(同三条)、同委員会の審査に付せられた者は同委員会に出頭し立場を弁明することができる(同四条)。しかしながら、右規程の文言及び(人証略)によれば、右委員会は必ず開かなければならないものではなく、これまで開かれた例もないのであるから、本件において懲戒委員会が開かれなかったからといって、本件処分が無効になるというものではない。
(2) もっとも、懲戒解雇は懲戒処分のなかでも最も重い処分であるから、右処分をするについては事実関係や情状関係について十分な調査をするとともに本人の弁解を聞くことが望ましいことはいうまでもない。そこで、本件についてこの点を検討するに、(証拠・人証略)によれば、被告人事部長である高田は平成元年一一月六日の朝礼の件(3(2))、ビラの件(3(4))及び平成二年一月一八日の朝礼の件(3(5))についてその都度報告を受け、勤務環境を変えるため原告を東京支店に転勤させるなどしてきたが、平成二年六月二四日に川崎課長から本件事件についての報告を受け、副社長の指示によって翌二五日に本件暴行の被害者である前野次長の目撃者である古賀部長、川崎課長から事情を聴取したうえ、原告からも事情を聴取した。その結果、高田人事部長としては、前野次長に対する暴行を到底容認しがたいものであるうえ、原告はその独善的非協調的性格が全く改善されておらず、右暴行についても全く反省していないことから、原告をこのまま放置すれば社内秩序が乱れ、他の社員の間で不安が増大するおそれがあるとして懲戒解雇もやむなしとの判断に至り、その旨を副社長を介して懲戒権者である社長に報告し、社長も同様の判断をしたことが認められる。右経緯に照らすと、被告は原告への事情聴取も含め、十分な調査、検討のうえ本件処分を決定したものというべきである。
(3) また、(証拠・人証略)によれば、高田人事部長は、平成二年七月二日、原告に対し「あなたの行為は就業規則に違反しますので、懲戒規程により平成二年七月二日付をもって解雇します。」との文言の記載された文書を手渡してこれを読み上げ、懲戒解雇を通告し、その際、「あなたの行為とは何か。どの規定に違反するのか。」との原告の質問に対し「前野次長に対する行為である。」と答えるとともに持参していた就業規則四四条一号、従業員懲戒規程一条第六号、第一一号を示してこれに該当する旨答えたことが認められるところ、本件経緯に照らすと、「前野次長に対する行為」が、前記平成二年六月二三日になされた本件暴行を意味することは明白であって、右高田人事部長の行為は、懲戒解雇事由の告知として欠けるところはない。
(4) なお、原告は、本件処分が無効であることの理由のひとつとして、被告から原告に支払われるべき解雇予告手当が右解雇当日までに支払われず、解雇翌日である平成二年七月三日に支払われたことを主張しているが、解雇予告手当が支払われたか否かは解雇の効力に直接影響を与えないうえ、解雇予告手当が解雇翌日に支払われている本件においては、右主張事実をもって懲戒権の濫用を基礎づける事実ということもできない。
5 1記載の原告の暴行は、ネクタイを力いっぱい引っ張るというもので、暴行の態様自体が悪質であるほか、その動機においても特段酌むべきところはないというべきである。すなわち、原告は、松川部長らが原告のプライヴァシーにわたる事項に介入したと主張し、これに抗議しようとした原告が結果的に本件暴行に及んだのであるから動機において酌むべき点があるというのであるが、原告は、勝木に対し勤務時間中に交際を求める手紙を渡すなどの行為をしていたのであるから、右のような原告の行為が勝木の職務に支障をきたすおそれがあることは明らかである。従って、松川部長らが原告に対し勝木に交際を求めるのをやめるよう説得する行為は職場秩序を維持するためになされたものというべきであって、原告のプライヴァシーを違法に侵害する行為であるということはできない。もっとも、原告が松川部長らの右行為に対し不快感を抱いたであろうことは容易に想像できるが、このことから1記載の各言動に及ぶとすれば、あまりに短絡的かつ非常識であるといわねばならない。
さらに、3記載の各事実によれば、原告の本件暴行は決して偶発的、一過性のものではなく、原告の独善的かつ極端に激しやすい性格に根ざしたものであるといわなければならない。そして、右各事実によれば、原告は本件の前にも何回かその協調性のなさや独善的性格について注意を受けていたにもかかわらず、悪いのは自分ではなく渡邊支店長ら上司であるなどとして全く反省せず、かえって、同支店長らに対する憎悪を募らせていたことが認められるのであるから、被告が原告の性格が改善不能であると考えるのはもっともであり、また、原告の本件暴行が原告のこのような性格に根ざしている以上、今後とも同様の事態が発生することは十分予想されるのであるから、懲戒処分のうち、解雇という手段を選択したことはやむを得ないというべきであって、被告が前記のとおりの調査等をしたうえ本件処分に及んだことをも考慮すると、本件処分が懲戒権の濫用に該当するということはできない。
また、原告は、渡邊支店長が被告女子社員に対し「セクシャルハラスメント」をしていたほか、前野次長も原告に対して暴行を働いておりこれが原告の本件暴行を誘発したなどとして、右両名を懲戒せず、原告のみについて懲戒解雇処分をするのは、処分の均衡を失するものであると主張するが、仮に原告の主張する事実が存在していたとしても、既に認定した原告の本件行為の動機、態様及び本件行為に至るまでの原告の行状に照らすと、本件処分を無効とするほどの処分の不均衡があるとはいえない。
6 原告の請求のうち1ないし4は本件処分が無効であることを前提とするものであるところ、既に検討したところによれば、本件処分が無効であるということはできないのであるから、その余の点につき判断するまでもなく、右各請求はいずれも理由がない。
7 高田人事部長が原告に対し解雇を発令する前である六月二九日に原告の父の勤務先を訪問し、原告を解雇する予定である旨を打ち明けた事実は当事者間に争いがないところ、高田証言によれば、高田が右行為をした理由は、原告の父が、かつて被告に発注して住宅を建築させてくれた顧客であり、また、原告が被告に就職するに際して是非採用してやってほしい旨口添えもしていたことから、同人に対し、原告を解雇することを予め知らせておくほうがよいと判断したからであることが認められ、右事実によれば、高田の右行為が社会常識上も十分是認しうるものであって、違法な行為でないことは明らかである。よって、高田の右行為は原告に対する不法行為に該当せず、請求5も理由がない。
8 結局、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判官 山之内紀行)